Lecture 01第1回 – 2024年7月20日
- Lecturer
- 真鍋大度 / 高橋裕行
- Reporter
- 吉田 慧悟
2024年7月21日に開催されたFlying Tokyo第1回では、講師に真鍋大度氏と高橋裕行氏をお迎えして講義が行われました。序盤ではFlying Tokyoの採択者がそれぞれの作品について発表を行い、講師陣から講評を受けました。本レポートの執筆者である吉田も、自身の作品について過去の作品を交えながら発表しました。特に、吉田の本作品において重要であったのは、機械学習の学習および機械学習モデルの呼び出しをローカルで行うのか、クラウドで行うのかという点でした。これに対して、メンターの一人である2bit氏から、学習はクラウド上で効率的に行い、パフォーマンス時にはローカルで機械学習モデルを呼び出すべきというフィードバックを受けました。実装に反映させていけたらと思っています。また、阿部一直氏とメンターの一人である竹川潤一氏からは、パフォーマンスの形態だけでなく、インスタレーションや展示の形態で作品を制作し、それをパフォーマンスに応用するのが良いのではないかという指摘を頂きました。この方が既存のオーディオビジュアルパフォーマンスに対して新たな示唆を提供できると考え、こちらの考えを踏襲したいと考えています。さらに、吉田の作品ではリアルタイムに音源分離を数多く行い、それをビジュアルに反映させることから、そのリアルタイム性をどこまで伝えられるか、ビジュアル表現でこだわることの重要性についても2bit氏から指摘を受けました。この点についても実装していけたらと思っています。
採択者である芹澤氏の発表においては、メンターである真鍋大度氏から、開発するシステムを特許申請すること、また既に特許申請がされているかどうかを確認することの重要性についてのフィードバックがありました。また、参考にした作品や論文、人物、事実についてはアーカイブとして残すべきという指導を受けました。作品には先人が積み重ねてきた知見が少なからず宿っており、それらに配慮と尊重を持ちながら作品を制作していく重要性を感じました。
レファレンスを揃えることの重要性
各採択者の発表後には、真鍋大度氏と高橋裕行氏の講義が行われました。真鍋大度氏の講義では、まず各採択者の作品に通じるジャンルの事例として、Ars Electronica Future Labの「Artificial Collectives」が紹介されました。この作品は、自律分散型の粒子ディスプレイを使用した表現が特徴で、技術的な進歩とその芸術的な応用の可能性を示しています。これは、インタラクティブなディスプレイ技術を通じて、観客と作品の関わり方に新たな視点を提供していました。また、Golan Levinの「Mobile Phone Concert: Dialtones @ Ars Electronica 2001」(2001)も紹介されました。これは携帯電話を用いたライブパフォーマンスで、観客の携帯電話が演奏の一部として使用されます。観客が持つ携帯電話が鳴るタイミングや音が制御されることで、全体として一つの音楽作品が形成されるという斬新な試みです。この作品は、デジタルコミュニケーションツールが芸術表現にどのように応用できるかを示していました。
次に、堀尾寛太氏のパフォーマンスである「∞(Open End)」(2008)が紹介されました。これは小型カメラを使って動くものを追跡し、その動きをリアルタイムで映像に反映させるライブパフォーマンスで、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]のイベントとして紹介されました。この作品は、視覚と動きの相互作用を探求するもので、観客の参加が作品の一部となっていました。また、Julius Poppの「bit.fall 'London Games'」(2012)も取り上げられました。この作品は水滴を使用したディスプレイで、水の流れによって文字や画像が形成され、ロンドンオリンピックの際に展示されたものです。水という自然素材を用いたディスプレイ技術は、技術と自然の融合を象徴していました。さらに、鈴木太朗氏の「WATER CANVAS」(2000)も紹介されました。これは水泡を使ったディスプレイで、水の特性を生かした視覚表現が特徴です。詳細は鈴木太朗氏の公式サイトに掲載されています。超撥水ディスプレイも取り上げられ、これは超音波を用いた水のディスプレイで、エッジングによる細かい水の振動を利用して映像を作り出します。これらの作品は、水という媒介を通じて、視覚と触覚の新しい表現方法を探求していました。また、真鍋氏は音響合成の基礎から応用までを学ぶための重要な文献として、Curtis Roads氏による『The Computer Music Tutorial』(第二版 2023)と『Microsound』(2002)の2冊を紹介しました。これらの文献は、音楽制作におけるデジタル技術の基礎と応用について詳細に解説しており、音響合成やデジタルサウンドデザインの理解を深めるための貴重なリソースです。加えて、真鍋氏は作品制作のプロセスについても詳しく説明されました。真鍋氏は、オリエンテーション、ヒアリング、コンセプトメイキング、リサーチ、サーベイ、政治・社会情勢、技術・思想トレンドの調査、作品タイトル、キャッチコピー、ナラティブ、ストーリーテリング、スケッチ、アートディレクション、プロトタイピング、モデリング、レンダリング、インプリメンテーション、リアライゼーション、テスト・デバッグ、プレゼンテーション、インスタレーション、ドキュメンテーション、アーカイブという一連のステップに沿って作品を制作することを推奨していました。これらのステップは、複雑なプロジェクトを体系的に進めるためのガイドラインとして役立つことを学びました。さらに、真鍋氏は「Billion Dollar Code」(2021)という作品を余談として紹介しました。この作品はNetflixで配信されており、テクノロジーとアートの融合についての洞察を提供しています。これは、Google Earthの前身となるテクノロジーを開発したドイツのメディアアーティストたちの実話を基にしたドラマで、テクノロジーの発展とその影響について深く考察しています。
メディアアートの過去、現在、未来
真鍋氏の講義の後、高橋裕行氏の講義「メディアアート概論」が行われました。高橋氏のレクチャーでは、メディアアートの定義やその広がりについて詳しく述べられました。メディアアートとは、単に新しい技術を使った表現手法だけでなく、社会に広まったメディアの性質や影響を吟味し、明らかにする表現でもあります。この二つの側面がメディアアートの本質であり、多様な表現の可能性を示していますと高橋氏は述べられました。例えば、Nam June Paikの『Good Morning Mr. Orwell』(1984)は、衛星生中継を利用して世界各地のアーティストとリアルタイムでのコミュニケーションを実現し、メディアアートの社会的影響を強調した作品の一例として紹介されました。Nam June Paikの他の作品として、ヴィデオ・インスタレーション『TV Buddha』(1974)では、仏像が自身の映像を見つめる構図を通じて、メディアと自己認識の関係を問いかけていました。このように、メディアアートは技術の進歩とともに新たな表現の形を追求し続けていました。さらに、Nam June Paikの『Magnet TV』(1965)は、テレビの画面に磁石を当てて映像を変化させる作品で、テクノロジーと芸術の関係を再定義した作品として紹介されました。
同様に、László Moholy-Nagyの『Light-Space Modulator』(1922-1930)は、光と機械の動きを組み合わせた初期のメディアアート作品であり、その後のビデオアートやインスタレーションアートの先駆けとなっていました。
高橋氏は、メディアアートの起源を洞窟壁画にまで遡りました。これは、当時の最新技術を用いた表現の一例であり、その後のギリシャ哲学、錬金術、遠近法、解剖学、色彩論、写真、映画、未来派、アート&テクノロジー、ビデオアートなどが続きます。
これらの技術や思想は、それぞれの時代において新しいメディアとしての役割を果たし、メディアアートの発展に寄与してきたことを学びました。例えば、Georg Neesの『Schotter』(1965)は、初期のコンピューターアートの代表作であり、プログラムによる自動生成の美しさを示していました。また、Kenneth KnowltonとLeon Harmonの『Study in Perception』(1966)や、Charles CsuriとJames Schafferの『Sine Wave Man』(1967)なども、コンピューターとプログラミングの技術を利用した初期の作品として紹介されました。これらは、技術と芸術の融合を象徴するものです。
同様に、Vera Molnarの『Pictures』(1976)は、アルゴリズムによって生成された芸術作品の一例です。CTG(Computer Technique Group)の『Return to Square』(1968)や『MONROE in the NET』(1968)、『Running Cola is Africa!』(1968)なども、メディアアートの重要な作品として挙げられました。これらは、コンピュータ技術を駆使して新しい表現を追求した例です。さらに、Sol LeWittの『Serial Project No.1 (ABCD)』(1966)は、概念芸術の一環として、アイデアがアートを作るという哲学を具現化している例として紹介されました。現代においても、メディアアートは進化し続けていると高橋氏は述べました。高尾俊介の『Generativemasks』(2021)は、プログラムによる自動生成を活用した作品で、NFTとして販売され、短期間で完売した例です。
また高橋氏は、情報通信技術の進化とともに、メディアアートはますます多様化していることに言及しました。たとえば、Kit GallowayとSherrie Rabinowitzの『Hole in Space』(1980年)は、ニューヨークとロサンゼルスを繋いだ遠隔コミュニケーションの先駆的な試みでした。Ken Goldbergの『Tele-Garden』(1995)は、インターネットを通じて遠隔地から植物を育てるインタラクティブなインスタレーションであり、藤幡正樹の『Light on the Net』(1996)は、インターネットを利用してネット上から実物の電球をon/offする光のインスタレーションでした。Rafael Lozano-Hemmerの『Vectorial Elevation』(1999)は、インターネットを通じて世界中の人々が参加できる光のインスタレーションであり、インタラクティブ性とネットワークの重要性を強調していました。さらに、現在のVR/ARにつながる例として、Michael Naimarkの『Aspen Movie Map』(1978)は、初期のVR技術を利用した作品であり、Miron Krugerの『Video Place』(1989)は、インタラクティブな環境を提供する初期の作品です。Jeffrey Shawの『Golden Calf』(1994)や、Rhizomatiksの『border』(2015)も、最新技術を駆使したメディアアートの代表例です。Blast Theoryの『Can you see me now?』(2001)は、都市空間を舞台にしたインタラクティブなゲームであり、現実世界とデジタル世界を融合させたゲームであるといえます。
加えて、高橋氏は、人工生命の分野でも、メディアアートは重要な役割を果たしていることについて言及されました。Craig Raynoldsの『Boids』(1986)は、群集行動のシミュレーションであり、Karl Simsの『evolved Virtual Creatures, Evolution Simulation』(1994)や江渡浩一郎の『SOUND CREATURES』(1998)は、進化のシミュレーションを行った作品です。
また、古いメディアを新しいテクノロジーと結びつける「メディア考古学」的な例として、岩井俊雄の『映像装置としてのピアノ』(1995)、クワクボリョウタの『The Tenth Sentiment / 10番目の感傷(点・線・面)』(2010)が挙げられました。
最後に、高橋氏のレクチャーは、メディアアートの未来についても言及していました。技術の進歩とともに、メディアアートはますます多様化し、新しい表現手法やテーマが生まれてくると述べられました。しかし、その一方で、技術依存や社会的な影響についての批判的な視点も必要であることを学びました。そして、メディアアートは、技術と社会の関係を深く考察し、より良い未来を創造するための重要な手段となることを学びました。
以上が、2024年7月21日に開催されたFlying Tokyo第1回のレポートです。講師陣の多岐にわたる講義内容と、採択者の作品に対する具体的なフィードバックは、参加者にとって非常に有益なものでした。今後も、これらの知見を活かし、メディアアートの発展に寄与していきたいと考えています。