Lecture 04第4回 – 2024年10月24日
- Lecturer
- 小川 絵美子
- Reporter
- 吉田 慧悟
『Flying Tokyo 2024』も折り返し地点を迎え、今回の講義ではアルス・エレクトロニカのキュレーターでありアーティストでもある小川絵美子氏をお招きし、講義が行われました。
講義は二部構成で進行し、前半では参加者が自身の作品を発表、その後講師やメンターからフィードバックを受ける場が設けられました。私はこれまでの講義に続いて、作品制作の進捗を発表しました。今回の発表では、リアルタイムで音を聴取し、次の音を予測して出力するWaveNetベースのコールアンドレスポンスモデルをPythonで実装し、そのデモンストレーションを行いました。このシステムでは、音を入力して処理するまでに50〜100msほどのディレイが生じるため、その点についても説明しました。
このディレイに注目した阿部一直氏から、「ディレイが生じる現象自体を表現として活用するのが重要だ」というフィードバックを頂きました。阿部氏は山口情報芸術センター(YCAM)のアーティスティック・ディレクター兼主任キュレーターとしての実績を持ち、また、キヤノン株式会社の文化支援事業「キヤノン・アートラボ」などにも携わってきた方です。阿部氏からの視点は、技術的な制約や不備をどのように芸術表現に組み込むかという点で、大きな学びとなりました。
これまで私は、リアルタイムでのレスポンス実現を重視し、特にその速さを追求してきました。しかし、真鍋大度氏からの「リアルタイム性を高めると、機械学習が生成した音であることが分からなくなるのではないか」という指摘や、阿部氏の「誤用やディレイの価値を考慮する重要性」といったアドバイスを受け、リアルタイム性の追求が必ずしも正解ではないと考えるようになりました。
そこで、リアルタイム性や人間の音を模倣する枠組みからどのように離れ、異なる方向性を模索するかを考えました。具体的には、予測して出力する能力に優れたWaveNetモデル自体の特性を見直すところから始めました。WaveNetを始めとしたDNNベースのモデルや、LLMをベースとした生成AIモデル(例:Stable Diffusion)は2022年頃から広く注目を集めています。これらのモデルの特徴は、与えられたデータセットに基づいて尤もらしい出力を生成する点にあります。しかし、この「尤もらしさ」の追求が芸術表現として適しているかというと、必ずしもそうではないと感じています。その理由は、阿部氏が述べた「誤用のしづらさ」や、真鍋氏が指摘した「収束性」の高さに起因しています。
一方で、芸術表現に適したモデルとして注目されるのがGAN(敵対的生成ネットワーク)モデルです。GANは2017年頃から注目され始めた技術で、識別機と生成機が相互に競い合うことで生成を繰り返すアルゴリズムです。GANモデルには、DNNモデル、LLMモデルと比較して「誤用」が生じやすいという特性があり、これが芸術表現の可能性を広げると考えられます。しかし、従来のGANは識別が進むと収束するという制約がありました。
この制約を克服するため、2020年には徳井直生氏がCreative-GANというアップデート版モデルを提案しました。Creative-GANでは、従来の識別機に加えてジャンル識別機を導入し、生成物のジャンルを惑わしながらフィードバックを行う構造を採用しています。この仕組みにより、ジャンルの境界が曖昧な音を生成することが可能となり、表現の幅が広がります。識別機を増やしてモデルを「惑わせる」ことで、誤用を引き出し、より創造的な音を生成する手法は、私の制作において非常に参考になると感じました。
Figure. 1 Nao Tokui『CreativeGAN-Rhythm』(2020)
私は、このCreative-GANを引用して、GANベースのリアルタイムコールアンドレスポンスを開発していこうと方向を転換していこうと思います。思えば、今までのWaveNetモデルを用いた開発は、真鍋氏からギミックで終わらないようにした方がいいとのご指摘を頂いていたように、どこか消費のための技術開発で終わるような要素がありました。しかしそれはWaveNetモデルの特徴が故だったと考えています。そこでまずはGANベースのモデルを用いて、機械学習をギミックではなく、一つの芸術表現としていけたらと思っています。このように、今回の作品の根幹をなす機械学習モデルの選定について深い洞察を得られた大変貴重な講義になりました。このフィードバックを活かし、今後も制作を進めていけたらと思います。
後半では、小川絵美子氏を迎え、アルス・エレクトロニカでの活動を通しての深い洞察が講義の中で共有されました。小川氏は、アルス・エレクトロニカのPrix Ars Electronicaをはじめとする多くのプログラムに携わり、アルス・エレクトロニカを運営してきた第一人者です。そんな小川氏はこれまでの活動を踏まえ、アルス・エレクトロニカで表現を展開していく上での重要なポイントについて講義頂きました。まず一つ目は、アートとテクノロジーがそれらのみで終わるのではなく、社会問題への洞察を深め、新たな視点を提示する手段として機能することの重要性です。アルス・エレクトロニカの作品は、社会問題や社会の諸事情をベースにメッセージ性が付与され、それに加えて新たな技術を用いた表現がなされた作品が見受けられます。そんなメッセージ性を重要視することは、表現において一つの個性になりうることをご説明頂きました。
2つ目は、アルス・エレクトロニカのセンターとしての特徴を理解することです。アルス・エレクトロニカにおいては、都市との密接なつながりが、その性格を形成する重要な要素であるとのご説明を頂きました。アルス・エレクトロニカは、オーストリアのリンツ市と長年にわたって築かれた協力関係を背景に成長してきた背景があり、小川氏に紹介頂いたアルス・エレクトロニカの歴史と、リンツ氏の歴史を見ても明らかでした。そんなリンツ市はアルス・エレクトロニカを都市の子会社として支え、その発展を担っています。その構造は、まさにアートと社会の強力な関係性を示しており、かつて産業都市として発展したリンツは、アルス・エレクトロニカの活動を通じて、今やアートとテクノロジーを中心とした文化都市へと変貌を遂げつつあります。この関係により、アルス・エレクトロニカは単なる文化機関ではなく、都市の発展に寄与し、経済成長にも貢献する重要な役割を果たしています。また、市民にとっても、アルスの活動は教育的価値を提供し、アートとテクノロジーが交差する現場を体感できる貴重な機会となっています。
そのため、そのセンターとしての特徴から、アルス・エレクトロニカではリンツ氏の市民にとって有益なアートを生み出すことが、作品に求められる重要な要素であるとも述べられました。
これらのお話の後には、小川氏はアルス・エレクトロニカへのアジア地域からの応募状況についても触れました。毎年約2000組の応募があり、その中で日本からの応募は約160組を占めるというデータは、日本のアーティストが国際的なアートシーンで高い存在感を示していることを示していました。特にAI技術を活用した作品は全体の約20%を占めており、アートとテクノロジーの融合がアーティストたちにとっていかに重要なテーマであるかがわかります。また、AIは、新たなアート形式を生み出す手段として広く受け入れられ、多くのアーティストがその可能性を最大限に引き出そうとしていることが伺えます。特に、日本のアーティストが制作したAIを活用した作品は、新しいインタラクティブな体験を観客に提供することで高く評価されてきました。このような作品は、観客がアートを通じて技術の可能性を直接体感できる場を創り出すことができると言えます。
そんな観客がアートを通じて技術の可能性を直接体感できるような作品は、AIのみに限らず多く制作されており、挙げれば枚挙に暇がないですが、以下の例が挙げられていました。
それは、1997年に発表された坂本龍一氏と岩井俊雄氏の『Music plays images × images play music』です。この作品は、音楽と映像が相互に作用し合うことで新しい体験を生み出す象徴的な作品となっています。この作品は音楽が映像をリードし、映像が音楽に応答するという相互作用を持ち、アートと技術の融合による新たな表現の可能性を探求しました。この紹介された作品以外にも、以下の作品をあげることができると思います。
2000年のフェスティバルで展示されたエルヴィン・レッドルの『Matrix』は、LEDライトのグリッドを用いて空間と知覚の変容を探る作品で、観客がテクノロジーによって変化する空間の中に没入する体験を提供しました。さらに、エドウィナ・ポートカレッロとガーション・ダブロンによる2015年の『A tree reacts.』では、木に触れると心拍数に応じて周囲のライトが変化するインタラクティブなインスタレーションが観客の注目を集めました。
さらに、小川氏が取り上げた『Sensorium』という作品は、人間の感覚を拡張することを目的としたインタラクティブなアートで、観客が作品と対話することを通じて自己の知覚を新たにする体験を提供しました。この作品では、観客が触れることで、視覚や聴覚を超えた感覚が刺激され、新しい次元の体験が生まれることを示しています。テクノロジーとアートが融合したこのような作品は、知覚の境界を探求し、アートの持つ潜在的な力を最大限に引き出すことができます。
これらの作品からアートと技術が交差することによる可能性について議論した後は、アルス・エレクトロニカの哲学について講義が行われました。
アルス・エレクトロニカは、そのビジョンや哲学として「アートを触媒に未来を想像する」ことを掲げています。
この理念は、同組織がアートと技術を組み合わせることで社会問題を解決し、未来の可能性を探るための基盤となっています。S+T+ARTS Prizeはその一つの象徴であり、アート、科学、技術が一体となって未来の課題に立ち向かう姿勢を強調しています。アルス・エレクトロニカ・センターやフューチャーラボでは、この理念に基づいて数多くの革新的なプロジェクトが生み出されています。
また、アルス・エレクトロニカは「その時代を映し出すセンサー」としても機能しています。テクノロジーの発展と共に、アートがどのように進化し、観客に新たな視点を与えるかを常に追求しています。ポール・トリロ(Paul Trillo)などのメディアアーティストがアルス・エレクトロニカで発表した作品は、技術をどのように独自に変化させ、進化させるかという問いを含んでいます。こうした作品は、アートがその時代を反映しつつ未来を指し示す「未来のコンパス」として機能していると言えるでしょう。
またアルス・エレクトロニカはその体制が持続可能であり、個性的であることを大切にしています。アルス・エレクトロニカのディレクター陣には比較的若い年齢で就任するケースが多く、組織は常に新しい発想や視点を取り入れ続けています。また、CEOを2人制とする独自の体制を取っており、アーティスティックな視点と財務的な観点をバランスよく取り入れることで、持続可能な運営が実現されています。このような体制は、常に新しい挑戦を続けるための基盤となり、アルス・エレクトロニカの独自性を支えていると言えます。
総じて、小川氏から、これらアルス・エレクトロニカの哲学を学び、アルス・エレクトロニカがアートと技術の融合を通じて社会の課題に挑み、未来を見据えた新たな視点を提供する役割を果たしていることを学びました。また、その活動は、アートが社会や文化に与える影響を最大限に活用し、観客にとって思索を促し、未来を形作る触媒として機能していると言えます。私も、機会があればぜひ、このアルス・エレクトロニカの大きなミッションに挑戦できたらと思います。