Lecture 07第7回 – 2024年12月7日
- Lecturer
- Kyle McDonald
- Reporter
- 中田 拓馬
レクチャーの冒頭、これまで遠くから見ていた氏の前で自分の作品についてフィードバックを受けることができた。カイル氏のアドバイスは、単なる技術的な指摘にとどまらず、音と映像の関係性をどのように意識的に調整するかというプロセスに焦点を当ててくれた。特に、感覚とプロセスの間で揺れ動く瞬間について言語化していただけたことは、非常に有意義で、自分の制作過程に対する理解が深まるきっかけとなったのは間違いない。そんな氏が、アーティスト x コーポレーションというテーマでどのような講義を展開してくださるのか、期待と興味を胸に、講義が始まった。
テーマ:アーティストx 企業
2024年12月7日、カイル・マクドナルド氏によるレクチャー「Artist x Corporation」が開催された。本講義では、アーティストと企業の関係性をテーマに、メディアアートの歴史、特許、レジデンシー制度、そして自身の経験を踏まえた具体的なコラボレーション事例について詳しく語られた。
カイル氏は、アーティストと企業の関係は決して単純なものではなく、相互に影響を与えながら発展していくものであると強調し、特にアーティストが自身の作品やアイデアを守るためにどのように企業と関わるべきかを、具体的な事例を交えながら説明してくれた。
本レポートでは、カイル・マクドナルド氏のレクチャーの内容を、時系列に沿って忠実にまとめるとともに、重要なポイントや考察を加えていく。
1. アーティストと企業の関係性
ギフト経済 vs. 市場経済
講義の冒頭でカイル氏は、アーティストと企業の経済モデルの違いに触れた。アーティストはしばしば「ギフト経済(Gift Economy)」の中で活動している。一方で、企業は「市場経済(Market Economy)」に基づいて利益を追求する。この根本的な違いが、両者の関係を複雑にし、時には摩擦を生む原因にもなる。
Rare Zoo AnimalとFree Range Chicken
カイル氏は、アーティストと企業の関係を「Rare Zoo Animal(希少な動物)」と「Free Range Chicken(放し飼いの鶏)」という比喩で説明した。前者は、企業に囲われながらもアーティストの作品が価値を持ち、企業によって保護される存在。後者は、自由に活動できるが、最終的には企業のビジネスモデルの一部として利用されてしまう存在。この二つのどちらが良いというわけではなく、アーティストが自身の創作環境を意識的に選択することが重要であると指摘した。
2. メディアアートの歴史と先駆者たち
マンフレッド・モアとメディアアートの黎明期
メディアアートの発展の歴史を語る中で、カイル氏はマンフレッド・モア(Manfred Mohr)の事例を紹介した。モアは1969年にコンピューターを使ったアート制作を始めた先駆者であり、彼の最初の作品はバグによって意図しない結果を生んだ。
- プログラムの目的:ランダムな数式を生成し、それを元にビジュアルを生成する。
- 実際の結果:プログラムのバグにより、出力はすべて「1」となった。
モアはこのバグを受け入れ、それを作品として発表した。このエピソードは、メディアアートの発展において、技術的な意図しない要素が創造の一部になり得ることを示す重要な事例となった。
リリアン・シュワルツと「9 Evenings」
次に、カイル氏はリリアン・シュワルツ(Lillian Schwartz)の事例を取り上げた。シュワルツは、1960年代後半にベル研究所(Bell Labs)でコンピューターを用いた映像作品を制作し、メディアアートの発展に寄与した。
彼女は「9 Evenings」という実験的なパフォーマンスイベントにも関与し、このイベントではアーティストとエンジニアが協力して新しい表現を模索した。しかし、当時のメディアでは酷評され、「技術的には興味深いが、作品としては面白くない」と評価された。しかし、このイベントが後のメディアアートの発展に与えた影響は計り知れず、今日のアートとテクノロジーの関係性を築く基盤となった。
3. Autodesk Pier 9 から Spotify へ:レジデンシープログラムの継承
Autodesk Pier 9 でのレジデンシー
カイル・マクドナルド氏が最初に参加した企業によるレジデンシーは、Autodeskの Pier 9 アーティスト・イン・レジデンス(AIR)だった。このプログラムは、アーティストに月額の報酬を支給し、Autodeskの最先端の製造設備や技術を活用して作品制作を行う機会を提供するものであった。
このレジデンシーで、カイル氏は「Noodle」というロボットを開発した。Noodle は、一見すると機械のように見えるが、実際の意思決定は人間が行っているというコンセプトを持つ作品だった。ロボットが音を感知し、それに基づいて写真を撮り、その写真の中の人物が「フレンドリー」かどうかを判断する仕組みになっていたが、その判断を行っていたのは実際にはロボットではなく、人間のワーカーだった。Noodleは、機械学習やAIの決定プロセスを逆手に取った作品であり、人間の意思決定の透明性や、AIの自律性についての批評的な視点を提供するものだった。
このプロジェクトの制作には、Autodeskの最新鋭のファブリケーション施設が活用された。しかし、このレジデンシーの契約には2つの重要な要素があった。
- 知的財産権(IP)
- アーティストが制作した作品の知的財産権はアーティストに帰属する。
- ただし、Autodeskはその作品を展示・利用するライセンスを持つ。
- 報酬と生活費
- 月額1000ドルの報酬が支給されたが、サンフランシスコで生活するには十分ではなかった。
- そのため、アーティストの多くはこのレジデンシーの間、副業を続ける必要があった。
しかし、このレジデンシープログラムはこの後終了することになった。その理由についてカイル氏は、「Autodeskが『すべての人がMaker = つくるひとである』という考えを信じなくなったから」と説明した。それまでのAutodeskは、クリエイター向けの支援を行い、個人でも製造業レベルの創造ができる環境を提供していた。しかし、2018年以降、企業の方針がスタートアップとの連携へとシフトし、Pier 9のアーティスト向けプログラムは終了した。さらに、Autodeskはこのプログラムの記録を削除し、関連するウェブサイトやビデオも非公開にした。カイル氏は、「企業とのコラボレーションでは、自分の作品や成果を必ずバックアップしておくべきだ」と警鐘を鳴らした。
Spotifyでのレジデンシーの提案と実現
カイル氏はAutodeskでのレジデンシーの経験を踏まえ、Spotifyに対してアーティスト・イン・レジデンス(AIR)プログラムの導入を自ら提案した。Spotifyにはそれまでアーティスト向けのレジデンシー制度が存在しなかったため、彼はSpotifyの担当者と直接会話をし、「このようなプログラムが必要である」と説得した。
彼がSpotifyに対して提案したレジデンシーの条件は以下の通りだった。
- オフィス内の作業スペースの確保(デスク)
- アーティストがSpotifyの従業員と対話しながら制作できる環境を提供する。
- 企業とアーティストの双方向コミュニケーションの促進
- 企業側の従業員がアーティストの活動を理解し、企業文化に新しい視点を提供できるようにする。
- 報酬と契約
- Autodeskのレジデンシーよりも高額な報酬が支給された。
- 知的財産権の取り決めについては、基本的にアーティストに帰属するが、Spotifyには作品を使用するライセンスが与えられる契約内容となった。
この提案が受け入れられ、カイル氏はSpotifyの初代アーティスト・イン・レジデンスとなった。
Spotifyでのプロジェクト:「Serendipity」
Spotifyでのレジデンシー期間中、カイル氏は「Serendipity」というプロジェクトを開発した。この作品は、世界中で同じ瞬間に同じ曲を再生しているユーザーをリアルタイムで可視化するものであり、音楽のストリーミングがいかにグローバルな体験であるかを示す試みであった。
SerendipityはSpotifyの公式サイトで公開され、一時的に大きな注目を集めた。このプロジェクトを広めるため、SpotifyのPRチームはカイル氏に15以上のメディアインタビューを手配し、大きな反響を得た。最終的にこの作品は公開終了となったが、6年後にSpotify側から「再制作したい」とのオファーがあり、カイル氏にいくらかのライセンス料が支払われたが、今にして考えるともっと請求できたのではと語った。
Spotifyでのその他のプロジェクト
また、カイル氏はSpotifyのDM機能がセキュリティ上のリスクを抱えていることを示す作品も制作した。SpotifyのDM機能は暗号化されていなかったため、誰でも他人のメッセージを閲覧できるという問題があった。彼はこの脆弱性を指摘する作品を作成し、それをSpotifyに提示した。このプロジェクトの直後、SpotifyはDM機能を廃止することを決定したが、その決定が自身の作品の影響によるものかどうか、カイル氏自身には分からないという。
4. 特許と企業文化:ポップアップウィンドウ、Google Maps、Street View
カイル・マクドナルド氏は、企業が特許を通じて利益を生み出し、それが技術の発展にどのような影響を与えてきたかについても触れた。特許は、企業が競争優位を確保するための重要な要素であると同時に、時にはアートやオープンソースの発展を妨げることもある。
Golan Levinとポップアップウィンドウの特許
この話の中で特に印象的だったのは、Golan Levinが関与した「ポップアップウィンドウの特許」のエピソードだ。
Golan Levinは1990年代にInterval Research Corporationに所属していた。この研究機関は、ポール・アレン(Microsoftの共同創業者)によって設立され、「未来のコンピュータのインターフェースを考える」ことを目的とした研究を行っていた。ここには、現在でも名前を聞く著名なアーティストや研究者が多数雇用されている。
ある日、企業の法務担当者がGolan Levinに「何か面白いアイデアはないか?」と尋ねた。Golanは、「コンピュータが将来、ユーザーの興味を理解し、それに基づいて何かを提示してくれると面白い」というアイデアを何気なく話した。すると、この発言をもとに、Intervalの法務チームが特許を申請し、それが後にポップアップウィンドウの基本技術として採用されたのだ。
特許による莫大な利益とメディアアートへの還元
この特許が広く利用されるようになり、特許権者(Interval Research Corporation)は、ポップアップウィンドウ技術を使用する企業から莫大なライセンス料を得ることになった。やがてIntervalは解散したが、その特許のロイヤリティから得た収益は約 7億円 にも達し、その資金の一部がProcessing Foundationやメディアアート関連のプロジェクトの支援に使われた。
つまり、元々アーティストや研究者の純粋な探求から生まれたアイデアが、企業の特許戦略によって収益化され、その後、アートコミュニティに還元されるという独特の循環が生まれたのだ。この話を通じてカイル氏は、アーティストが無意識に提供するアイデアが、企業の戦略の一部として組み込まれ、大きな影響を与える可能性があることを示した。
Google Street Viewのルーツ:Aspen Movie Map
カイル氏は、現在の Google Street View の技術的なルーツとして、Aspen Movie Map(1978年)というプロジェクトを紹介した。このプロジェクトは、インタラクティブなナビゲーション技術を活用し、ユーザーが都市を仮想的に移動できるシステムとして開発された。これは、現在の Google Street View とほぼ同じコンセプトであり、技術的な基盤となった。
特に、Aspen Movie Map にはマイケル・ネイマークというアーティストが関与していたことが言及されている。Naimark はメディアアートの分野において先駆的な研究を行い、テクノロジーとアートの融合に取り組んできた。このように、Aspen Movie Map は単なる技術開発のプロジェクトではなく、アートの視点も取り入れながら進められたものであった。
この話を通じてカイル氏は、今日の商業的なテクノロジーの多くが、過去のメディアアートのプロジェクトや実験的な試みから派生していることを強調し、アーティストが生み出したアイデアが、どのようにして企業の技術や製品へと発展していくのかを考える重要性を示した。
5. 「アートとコーポレーション」プレゼンテーションの系譜
今回のレクチャーの内容は、カイル氏が独自に作ったものではなく、もともとは別のアーティストから受け継がれたものだった。
このプレゼンテーションの歴史をたどると、以下のような系譜がある。
- Michael Naimark(アートとコーポレーションのプレゼンのオリジナル)
- Golan Levin(Naimarkのプレゼンを受け継ぎ、独自の視点を加えた)
- Kyle McDonald(Golan Levinからプレゼンを引き継ぎ、現在の形にアップデート)
この流れを通じて、アーティストたちが企業との関わり方についての知見を蓄積し、それを次世代へと伝えていることが分かる。このプレゼンの内容は、その時代のアーティストが直面した企業との関係性の課題や、アートの立ち位置を反映したものとなっている。
カイル氏は、「アートと企業の関係は常に変化し続けるものであり、それに適応しながらアーティストとしての独自性を保つことが重要だ」と述べた。
まとめ
カイル・マクドナルド氏のレクチャーは、メディアアートと企業の関係性を深く掘り下げるものであり、歴史的な事例、特許、企業とのコラボレーション、そしてレジデンシー制度について実践的な知見が共有された。特に、Golan Levinのポップアップウィンドウ特許や、Aspen Movie Mapの軍事技術としての背景など、企業がどのようにアーティストのアイデアを吸収し、発展させていくのかが具体的に示された。
また、Autodesk Pier 9からSpotifyのレジデンシーへと続く流れの中で、アーティストが企業と交渉する際にどのような条件を設定すべきかについての示唆もあった。知的財産権の取り決めや、報酬の確保、企業リソースの活用といった要素は、今後アーティストが企業と関わる際の重要な指針となるだろう。
さらに、今回のプレゼンテーションがGolan LevinやMichael Naimarkといった先人から受け継がれたものであることを考えると、アートと企業の関係に関する議論は、世代を超えて受け継がれるべき重要なテーマであるということが改めて浮き彫りになった。
今回のレクチャーを通じて得られた知見は、単に企業とのコラボレーションの方法を学ぶだけでなく、アーティストとして自分の立ち位置をどのように確立し、未来へつなげていくかを考えるための示唆に富んだものであった。